「吉祥寺キャットウォーク3」

吉祥寺キャットウォーク 3 (ビームコミックス)

ビームコミックス
発行:エンターブレイン
定価:820円+税

吉祥寺キャットウォーク3

吉祥寺キャットウォーク3

いしかわじゅんの描く「街とヒト」はいつもせつない。
街もヒトも、ずっといつも同じようでいて、毎日少しずつ、どこかが変わっていく。それは時が止まらない限りはどうしようもなく続いてゆく変化だ。ちょっとした幸せや、小さな哀しみや、誰も知らない寂しさを抱えた人たちが、それぞれ偶然と計算と運命のもとに、すれ違ったり出会ったり、同じ時間を過ごしたりすることで、ふわりふわりと街に色がついてゆく。
マンガ作品としては前作から実に10年以上の時を経て、いしかわじゅんが描くのは、吉祥寺のカフェ「キャットウォーク」に集うヒトたちを通して見る、街の色だ。

街の名前は、もちろん吉祥寺。作者が長年暮らしてきた吉祥寺の街をそのまま舞台にしながらも、この物語に登場する人物は、みなどこか日常からちょっと浮遊している。さながら、キャットウォークの上のように、地に足のつかない、危なっかしいところに立っている。ポンポンと軽口をたたき、ギャグを交えながらも、それぞれがみな、危なっかしく背中に秘密を隠している。

キャットウォークでバイトする女子高生は「小夏」。20年前におよそ4年間の連載を終了した「東京物語」のヒロインと同じ名前を持つ彼女は、20年前と同じ女子高生の姿で物語の中に現れ、わたしたち古くからの読者をはっとさせる。当時の東京はまだバブル後の浮ついた空気が濃厚で、小夏もそのイキオイに乗せられてか、どことなく浮ついた少女だった。料理もヘタで、甘ったれで、でも芯の通った小娘だった。

いま、吉祥寺の「キャットウォーク」でコーヒーを淹れる小夏は、もっとずっと落ち着いている。料理も上手になったし、ひとりでなんでもできる。恋心もじょうずにコントロールし、マイペースのようでいて思慮深い。しかし彼女もまた何やら秘密を隠して、キャットウォークの上を危なっかしく歩く小娘だ。

このある種の諦念と、言いようのない危なっかしさは、そのまま現在の社会の空気そのものだ。2011年の震災のあと、わたしたちはいまだに、なんとなく足元の危ういキャットウォークの上を歩き続けている。いしかわじゅんの描く街とヒトの物語の「せつなさ」は、この「現在の空気」を切り取る鋭敏な感性と、ぎりぎりまで抑えた表現に対峙したときに生まれる、わたしたち読み手の心の動きだ。わたしたちは、背中にこっそり隠している感情を、この作品によってちょっぴりだけ意識させられる。

3巻まできて、登場人物が一層魅力的に動くようになった「吉祥寺キャットウォーク」。彼らの視線の動きひとつひとつから、目が離せない。

(文:中高下 惠)

 

 

(既刊)
吉祥寺キャットウォーク1
ビームコミックス
740円+税

 

吉祥寺キャットウォーク2
ビームコミックス
760円+税