【酒ごはん001】天丼

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神保町といえば、何を置いても、天丼だ。

昔からある「いもや」は、あたりのサラリーマンには日常の手頃な昼飯だったし、俺みたいに古書漁りで回っていた貧乏学生にはちょっと奮発したご馳走で、本をさんざん漁って空に近い財布の底をはたいても出て来ず、ジーンズの前ポケットのコイン入れに、何かの時にと忍ばせておいた百円玉五枚ほどでありついた、思い出の「めし」である。

この日は、たまさか神保町で打合せだったので、やっぱり天ぷらが食いたくなった。

古書店の階上にある、茹でたじゃがいも付きのボンディのカレーよりも安くて、揚げ物なので腹がいっぱいになる。

その日は降りた駅が九段下。靖国通りを歩きながら探すと、最初の天ぷらの匂いは、満留賀の天そばの匂いである。

これは違う。俺が求めているものではない。

俺は、天丼が食いたいのだ。「いもや」みたいなやつだ。

と、やり過ごして、少し歩いたら、匂いが、やってきた。

菜種油に、香り付け程度に純正胡麻油を混ぜた揚げ油のような、あの香りである。高級天ぷら屋とは違う、けれど下卑た臭いでは無い、あの香ばしくて、いかにも食欲をそそる香りである。

狭い路地の奥に、ちょっといい感じの店を見つけた。違いの木の引き戸で、まさしくいもやのそれと同じである。

神田天丼屋、という屋号の店。入ると、L字の白木のカウンター。かつてのいもやは、人の開店も激しく、カウンターにも少し油染みがあって、そこはかとなく「サラリーマンと学生の熱」を感じられた記憶があるが、汚れてはいないので、むしろこざっぱりとしいる。

店の中はほどほどに広いが、余計なものは置いていないので、がらんとしている。昔の「いもや」を想わせるが、もう少し、こぎれいで、居ずまいがしゃんとしている。とはいえ、銀座の、席に着くなり腕時計を外さなければと気遣いをさせるような、「ハレ」の雰囲気ではなく、そこに漂う空気は、間違いなく「ケ」のそれである。

品書きは味噌汁つきの天丼が600円、海老天丼が850円。飯の中盛り、大盛りは50円増し、お新香が100円だったかで、追加の天ぷらは海老とイカのみである。

はじめての店はスタンダードなものを、の鉄則で、天丼のみを注文する。ご飯の量を聞かれたので、普通でいいよ、と。

天ぷらは、それなりには経験している。銀座の名だたる店から、神田の古い方、浅草、山ノ上ホテル、八重洲の名店、赤坂、麻布十番やら、都内の、居ずまいがしゃっきりするような店、などなど。今はご主人が亡くなられて店を閉めてしまった、大阪北新地の、知る人ぞ、の名店もあった。一流の一流、という天ぷら種ではないが、きちんと気を遣ったもので、店の中も、新地のお姉さんが軽くごはんたべに使う程度の気さくさで、しかし揚げの腕は確か。海老の中心に火が通るかどうかのぎりぎり、旨味を最大限に引き出す揚げ上がりなのに、衣は粉の香り香ばしく、あくまでもさっくりと軽く。そんな店だったが、主人を失って、女将さんは故郷に帰ってしまった。大阪では、一番好きな店だった。

神田の天ぷらは、そういう天ぷらとは、もちろん違う。

サラリーマンの昼飯で気軽に食べられる、胃もたれや胸焼けもしない、ほどよい「めし」である。

海老は小さく、固い。穴子半身かと思ったのは、長細く切ったいかであった。薄いかぼちゃ、めごち、海苔一枚。貧弱と言えば貧弱だが、個人店で、神保町の高い地代で、六百円である。

いいじゃないか。苦心して、安くしてくれている。

繊細な揚げ上がりは期待なんかしてないが、海老は、身は固いけれど尻尾まで食べられる。揚げが甘いと嫌な匂いがするのだが、そんなことはない。海苔もさっくり。おまけではなく、きれいにちゃんと揚がっているので、具材のひとつとして成立している。チェーンの天丼屋の、ふにやふにゃしたあれではない。小さくて、衣はさっくりで、あくまで、天ぷら屋の天丼なのである。

いもやがいま、どんな風になっているかは知らない。

しかし、この天丼は、まさしく神保町の天丼だ。

貧乏学生の腹と心をほっこりさせてくれた、正しい天丼だ。

と書いたところで時間がきたので、待ち合わせ場所に向かう。いい打合せにしよう。

追記:その後、知り合いからぞくぞくと「いもや」情報が届いた。代替わりかなにかでいろいろあったらしい。その話は別にどうでも良いが、今は一店だけが残っているだけだという。未訪なので、天丼屋なのか、天ぷら定食の店なのかは分からないのだが、次の機会にはぜひ、訪れてみようと思う。

 

文:坂井淳一
「職業は酔っぱらい」を自認するフードジャーナリスト。光文社BRIOの食べ歩き記事をはじめ、多くの雑誌でのレストランガイドを担当。「東京感動料理店」(共著)なども。「今日は何を吞もう」からメニューを考える「酒ごはん研究所」主任研究員。