『いつものうるし』

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『いつものうるし』

桐本 泰一:著
ラトルズ:刊
ISBN:978-4899771036

漆器のデザイナーの目線で、普段使いできる漆器の魅力を、豊富な写真とともに提案するビジュアルブック。

うるし

 

「うるし塗り」と聞いて何を思い浮かべるだろうか? お正月だけ出してくるお重。金色のきらびやかで華やかな蒔絵を施した豪華な工芸品。もしくは、触るとかぶれてしまいそう? デリケートで手入れが難しそうな高級な器類のことだろうか。

この本の著者は大学でプロダクトデザインを学んだ後、大手メーカーに就職し、オフィスプランニングに携わった。その後、故郷である石川県輪島市に戻り、実家の「木地屋」専門の木工所で造形やデザイン、漆器監修で活躍している人物だ。
輪島市は「輪島塗」の産地として知られている場所だ。その塗り物の土台になるのが、木製の器や匙、お盆、家具などの「木地」である。木地は職人の手で木から刳り出され、たくさんの工程を経て仕上げられ、漆の上塗りの職人へとバトンタッチされる。筆者は創業80年にもなる漆器専門の木地屋の息子として、父や祖父、そこで働く職人たちの姿を子供の頃から見て育った。
著者が自分が思う漆器(しっき)を作りたいと考えるようになったのは、大学時代の恩師の言葉を聞いたからだという。「デザインとは人の生活の質をより高め、気持ちのよい方向に向かわせるための行為で、その結果生まれたものが、デザインされたものである」。漆器、という言葉を辞書で引くと「木や紙などに漆(うるし)を塗り重ねて作る工芸品である、という解説がある。しかし著者が作りたいと考えているのは、高級な飾り物や装飾品、工芸品では無い。生活用品としての漆器をどうやって作ってゆくか。それがこの本の題名である「いつものうるし」の意味なのだろう。

この本では写真も豊富に収載されている。例えば小さな子供が漆塗のお匙を口にくわえている写真。熱々のラーメンを漆器で食べている様子。さらに漆器に盛られたカレーライスを金属製のスプーンですくって食べている様子。そうなのだ、漆はかぶれるというが、いったん固まったもので皮膚がかぶれてしまうことはない。また私たちが口にするものは温度にすると70度から80度。これらの温度のものを注いでも漆器は壊れない。かぶれる、デリケートすぎる、壊れやすい、これらは全て「伝説」だったのだ。
ガラス製品と同じように、漆器には扱い方、洗い方には決まりがあるが、それさえ守れば毎日の食事にきちんと使える。珪藻土を表面に施した漆塗では、金属のスプーンを使ってもへっちゃらだ。むしろ乾燥に弱い漆器は、毎日の生活に使うことで、適度な水分補給が行われ、それがメンテになるという。また漆器の器は木製なので軽いし、熱しやすく冷めにくい。熱伝導率が低いのが天然木の大きな特徴なのだ。日本人はずっと昔から、木が優れた食器の素材であり、漆がよいコーティング素材であることを知っていたのだ。

現代ではクラシックなものだけではなく、現代の食卓に似合うデザインのものをたくさん作られている。安価なプラスチック製のものより値はするが、安価な器をとりあえず必要だからと反射的に買ってしまうのではなく、自分に合う形や色をじっくり探して選ぶ、買う、という楽しみがある。使い続けていくうちに変色したり割れが生じた時には直すことだってできる。

長く使える、長く使いたくなるから、自分の手や口に馴染んでくる。また大好きになれるモノを探す。置物やファッション、デジタルグッズためだけにデザインがあるのではない。伝統的な手法で作られるもの、特に毎日の生活を豊かにしてくれる道具にこそデザインの本質があるのではないか、と筆者は問うている。

もうひとつ、著者が強く問いかけているのは、漆塗の産地である石川県輪島で漆器をつくりつくり続けていることの意味である。本書では一つの漆器を作るために、様々な箇所において専門の職人が居て、具体的にどんな仕事を担当しているかが詳しく紹介されている。たんに表面的な「産地」「伝統」という言葉に縛られているのではない。職人の専門分化によって築かれている、そのチームワークの結果、良い物が出来る。新しいモノ、より優れたものを作ろうとすれば、それはなおさらのことであろう。そんなことが本書から伝わってくる。
日本独自のモノづくりが語られている今、手のひらに乗る、私たちの食事に欠かすことのできない小さな器に再び、家族で目を向けてみるのも、楽しいだろう。本書はすでに絶版となっているが、古書や図書館で簡単に見つけることができるので、探してみてほしい。

 

★2015年4月20日発行 ココカラ本誌13号の掲載記事を再録しました。

 

文:大杉信雄
1965年、三重県生まれ。
良いデザイン、優れたインターフェイス、使う楽しさを与えてくれる製品を集めた提案型の販売店「アシストオン」店主。
http://www.assiston.co.jp