『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』

mitsuboshi

 

製作、監督、脚本、主演を『アイアンマン』シリーズの監督、ジョン・ファブローが務めるこの映画は、売れっ子シェフが批評家とのトラブルから失業。フードトラックでの移動販売で再起をかけるという物語。

ジョン・ファヴローは『アイアンマン3』の監督を断ってまで今作を撮影している。予算に至っては18分の1である。それは、彼が演じる雇われシェフという役とビッグバジェットの監督という現実を重ね、フードトラックでキューバサンドを手売りする主人公のように、小品でも心のこもった作品を届けたいという意思なのだろう。しかし、そんな想いはさておき、作品自体はたいへんよく出来た娯楽作品にまとまっている。

主人公のカール・キャスパーのモデルになった人物は実在の人物である。韓国風焼肉(コギBBQ)を具にしたタコスの移動販売で成功したロイ・チョイというコリアン・アメリカンのシェフだ。三ツ星レストランで修行した彼が始めたフードトラックがTwitterをつかったプロモーションで一夜にしてブームを巻き起こす。彼のストーリーが映画のあらすじとなる。

彼はこの映画に料理指導としても参加している。料理のシーンはロイ・チョイのフードトラックで手ほどきを受けたファブロー自身が演じている。包丁さばきなどは驚くべきだ。ファブローが演じるカール・キャスパーがオーナーの意思に反して作るオリジナルメニューのコギBBQはよだれが出そうなほど美味しそうである。

美味しそうな料理は他にも出てくる。

先ずはキューバンサンド。マスタードを塗ったキューバンブレッドにハムやローストポーク、ピクルス、チーズなどを挟んで軽くプレスしながら焼いたホットサンド。ローストポークを仕込むところから焼き上げるところまで見せられるからたまらない。

息子にはチーズのホットサンド。カリカリになったチーズのサクッという音のシズル感。映画の途中でも何か食べ物を探しに飛び出したくなる。

そして、ベッドに誘っている愛人にはペペロンチーノを作る。
この愛人を演じているのがスカーレット・ヨハンソン。ブラック・ウィドウ役で『アイアンマン2』に出演している。トニー・スターク/アイアンマンのロバート・ダウニーJr.も出演している。監督の人望だろうか、キャストも豪華である。主人公の相棒役をジョン・レグイザモが演じている。好きな役者だ。

この映画の登場人物には悪役が存在しない。オーナー役のダスティン・ホフマンは主人公にとっては憎い相手なのだが、それとて経営者として至極まっとうなことをしようとしているに過ぎない。
主人公のカールが、自分を酷評する批評家(オリヴァー・プラット)と口論するときに、フォンダン・オ・ショコラを握りつぶすのはいただけない。しかし、それは生の人間の姿なのだ。

フードトラックの旅に同行するの息子が、焦がしてしまったキューバンサンドを客に出そうとするのを咎めて、仕事に対しての姿勢を見せる。移動中にトラックでセクシャル・ヒーリングを大声で歌う。(歌詞は子供に聴かせるようなものではないのだが。)そういった生身の自分を見せることで、希薄だった家族との関係も取り戻していく。
いつも頑張って働いているお父さんに観てもらいたい映画だ。

アメリカを横断しながら進むストーリーと共に変化するサウンドトラックも最高。ゲイリー・クラーク・ジュニアのライブや、アフロ・キューバン・ミュージック。ニューオーリンズではもちろんジャズだ。

ハッピーな料理映画は観た人を幸せにする。
こんなごちそう映画を観ない手はない。

 

文:青木雅也
音楽、映画、料理、読書好きの歯科技工士。 無類の活字中毒。手持ち無沙汰だと中吊り広告からアルバイト情報誌、カタログギフトまで読み漁る。