『不思議宇宙のトムキンス』
ジョージ ガモフ、ラッセル スタナード:著
白揚社:刊
ISBN-10 4826901038
『不思議の国のトムキンス』の改訂版。最新の研究で判明した内容もふんだんに取り入れられている。
前号でご紹介した高野文子著『ドミトリーともきんす』。ちょっと不思議なそのタイトルを見たとき、ぴんときた本がある。物語仕立ての科学の解説書であり、主人公たちが夢のような世界で不思議な体験をする。同じ「仕組み」で書かれた古典、それが本書である。
著者はビッグバン宇宙論で知られ、その後の理論物理学に巨大な足跡を残した、ジョージ・ガモフ。宇宙進化論の最初の提案者の一人であり、DNA暗号解明の第一歩となる仮説を立てた、まさに知の巨人とも言える彼は、中高生にも読みやすい、不思議で楽しいSF物語仕立ての物理学の解説書の執筆にも尽力した。アインシュタインも絶賛したといわれる名作が、今回紹介するトムキンスシリーズである。
米国で最初の『Mr. Tompkins in Wonderland』が発表されたのが1940年。日本でもわずか3年後、第二次世界大戦中の昭和18年には翻訳が刊行されたことに驚かされる。この物語では『不思議の国のアリス』のように、主人公トムキンスが夢の中に迷い込み、その世界で不思議な現象を目撃する。
ある夢はこうだ。私たちのこの世界では、光は時速10.8億㎞もの速度で進む。しかしトムキンスの見た夢の世界では、光が自転車かバイクが走るほどの、時速20㎞でゆっくり進むという設定だ。それでは、そこでいったい何が起こったのか? トムキンスは最初のうちこそ、なんだ普通の世界じゃないかと思っていたのだが、自転車に乗って向こうからやってきた紳士の姿を見て驚いた。その姿は板のように平らなのだ。慌ててトムキンスはその紳士を追いかけて自分も自転車を飛ばし、きっと周囲の人間も自分の姿が板のように見えて驚いているだろうなとほくそ笑んでいると、なぜか自分の姿は平らにはならず、逆に自分の見た風景のほうが薄っぺら。カドに立つおまわりさんの姿が板のように薄い。
広場の時計は30分経過したにもかかわらず、自分の腕時計を見ると5分しか進んでいない。彼の時間は周囲よりゆっくりと進んでいたのだ。そしてトムキンスは駅で列車から降りてきた見るからに若そうな青年を、人々が「お爺さん!」と呼んで迎えるのを目撃してしまう。この世界はどうなっているのか
こうした夢の世界の現象の解説から、難解といわれる相対性理論やブラックホール、反物質、クォークの解説へと話が広がってゆく。文章は平易だが、本書で扱う相対性理論や宇宙論は本格的なもので、読めば誰もが簡単に理解できるというような内容ではないかもしれない。
しかし、現在はこうした理論を簡単に理解できるように解説した数多くの書籍が刊行されている。インターネットにも解説ページがあるから、それらと読み比べてこの古典を味わうとよいだろう。
トムキンスの冒険の物語は何度も翻訳、出版されている。もっとも新しいのは、『不思議の国のトムキンス』に続編の『原子の国のトムキンス』を合本し、最新の知見を加えて改定・加筆され、出版された『不思議宇宙のトムキンス』である。どれから読んでも良いのだが、ここでは書籍の価格も安く、図書館などでも参照しやすい、この『不思議宇宙のトムキンス』をお勧めしておく。
筆者がこの『不思議の国のトムキンス』を最初に手にとったのは学生時代のことであるが、その時、ひとつの発見をしていた。1970年代に放映されていた特撮テレビドラマ『宇宙猿人ゴリ』で、天才物理学者ゴリを迎え撃つスペクトルマン。子どもの頃から不思議に思っていた主人公の名前。その名は、蒲生譲二(がもう・じょうじ)といった。
★2014年12月20日発行 ココカラ本誌11号の掲載記事を再録しました。
文:大杉信雄
1965年、三重県生まれ。
良いデザイン、優れたインターフェイス、使う楽しさを与えてくれる製品を集めた提案型の販売店「アシストオン」店主。
http://www.assiston.co.jp